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インスティンクト

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by stavgogin | 2009-10-19 21:24 | 川井郁子

美人は…損?得?

安倍貞任を調べていたら「陸奥話記」に…「城中で綾のうすものを
身にまとい、美しい化粧をし、楼にのぼって攻撃軍を揶揄していた
数十人の美女も煙にまかれて泣いていたが、引き出されて攻撃軍の
兵士に”与えられた”。」…とあった

また「旧唐書(くとうしょ)」というのがあり、中国が唐の時代、
777年の正月”日本国の舞女11人”が渤海の貢物として唐朝廷
に献上されたとある。この舞女は当時、出羽などの蝦夷が独自に渤
海と交流しており、例えば…馬との交換として日本の舞女を交換し
たのでは?という憶測が成り立つのだという。当然、その当時の美
的感覚での美人であったろう…と。美人であるから、献上品となり
える。しかし美人であるから、殺されずに済むという事もあったろ
うが、慰み者としての人生は、死ぬより辛いのか…。

ところで、ハンコタンナという農作業時による紫外線防止、防虫防
止の顔を覆って眼だけ出す布がある。本来の画像を見ると、まるで
アラブ世界のターバンみたいなもので、アラブ世界では女性が顔を
隠すようなものに近いのかも…。

実はこのハンコタンナ本来の使用法とは、農作業中に顔を隠す事に
よって、自身の美人度がわからないようにするのだとか。何故かと
いうと、例えば遊行中の領主や殿様などに顔を見られ、美人だとわ
かると、見染められ連れて行かれるのだとか…

とにかく美人は、へたすりゃ玉の輿となるのだが、本来の生活から
隔絶される可能性もあるので、美人はなるべく顔を表に出さなかっ
たという歴史もあったようだ。果たして美人は、損か得か…。
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by stavgogin | 2009-10-19 08:08 | よもつ文

文章トイウモノ。。。

(1)話し手または書き手の思考や感情がほぼ表現し尽くされている
 一まとまりの統一ある言語表現で、一つもしくは複数の文から
 成るもの。一編の小説・評論・詩などの類。講演や複数の話者
 による座談など音声言語を含めることがある。それ自体で表現
 が完結しているものならば、和歌や俳句も文章といえる。


(3)内面の徳が容貌や言語として外にあらわれるもの。
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文章を辞書で調べると、上記の説明が成されている。自分は、こう
してmixi日記やブログ等を書いているのだけど、結局文体に表れる
のは、自分の思考であり感情だ。つまり自らの言霊を、文字にした
ためているのだと考える。だから、日記やブログ記事を読んで、そ
れに対し感応する人達が集まってくるのは、ある意味言霊の繋がり
であるとも思ってしまう。

話は文章に戻るけれど「人に読ませる文章」と云われるものがある。
しかし根本的に人に読ませるのではなく、自分の思考や感情に感応
した人達が、それを読むのだと考える。例えば新聞記事などは、な
るべく個人の感情を抑えて、事実を伝えるものだ。しかし、読んで
みると、やはり記者などの言霊というものを感じる。だから夢中に
なって読んでしまうものもある。

ところが読めないものに、役所などで発行する観光歴史の案内文な
どがある。間違った事は書いてないのだが、無難すぎてつまらない。
それが間違いというわけでは無いが、そこには言霊というものが存
在しないかのようだ。しかしそこには徹底して無感情にするという
役人根性?というものもあるのだろうが、結局読んでも『ふ~ん…。』
というものしか与えられないのが、役所(役人)などで作る文章なの
だろう。やはり人であるならば、個人的な思考や感情が表れるから
こそ文章であると思ってしまう。

梅原猛という人物がいるが、初期の頃の文章は、やけに熱く危なっ
かしいが、人を引き付ける魅力に溢れるものだと思う。だから多く
の読者を集めて、今尚評価されるのは、梅原猛自身の言霊が文章に
表現されたからなのだろうと考える。梅原猛自身の言霊は、その好
奇心にある。様々なものに興味を持ち、人に対する興味もまた尽き
ないのが梅原猛なのだという。役所発行の文章と、梅原猛の文章の
違いは風評や人を意識し過ぎて無難に収める文章と、人に訴える事
を前提とした文章の違いのような気がする。だから、沢山の物事や
沢山の人物に興味や好奇心が尽きた時は、無難なつまらない文章に
なってしまうのかもしれない。だから、様々なものや人々には常に
興味を持ち続けたいものだ。何故かと言えば、まだまだいろいろな
ものを書き続けたいから…。
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by stavgogin | 2009-10-19 08:04 | よもつ文

アニメ「遠野物語」を語る。。。

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今日は、水木しげる氏原作アニメ「遠野物語」の監督・石黒育氏を宿に
迎えて、水木しげるの「遠野物語」を暫くの間、二人で語っていた。

石黒氏の話はかなり面白く刺激的。2日間に渡って長話。結論、今度は
”18禁”「遠野物語」を作りましょうを合言葉に…(^^;
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by stavgogin | 2009-10-19 08:00 | よもつ文

座敷ワラシの影響。。。

いや…あの緑風荘の火災影響からか、座敷ワラシに対する質問の
電話が数件あった。今までは、よくわからない雑誌だったけれど、
今日はフジテレビの「目覚まし土曜日」という番組からだった。

とにかく、ちょっとしたきっかけで、いろいろなものの興味にも”火が
つく”のだなぁと実感。この打診電話は、まだまだ続く可能性がある
だろう…。

で結局「目覚まし土曜日」の取材を金曜日には受けたのだが、翌日
にはオンエアー…って、早い!!!オンエアーのその日から、宿の
予約やら、興味本位の電話が何度かかかってくる。やはりこの世の
中、不可思議なものに対する興味はあるのだと納得。ただし、こうい
うものは宣伝するものではないのだろうと思うのだが。。。
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by stavgogin | 2009-10-11 19:50 | よもつ文

ハメラマ

同年代のネット上の友達とのやり取りで、その自身が「ハメラマ」
になっているという書き込みを読んで『ハメラマって何?』と疑問を
持った。一瞬、イヤラシイ想像をしたのだけど…(^^;

とにかく当人には「ハメラマ」の事は聞かないで、ネットで調べて
みたら、要は老いの進行と共に、初めに「歯(ハ)」が悪くなって
「目(メ)」が悪くなり「下半身(ラマ)」が悪くなる事を”ハメラマ”
というらしい。知らなかった…

ちなみに「ラマ」とはラマ教の事で、その御神体は男女の陰陽であ
る為にラマ=下半身という事らしい。ただし、人によっては悪くな
る順序が変わる為に「ラマハメ」「メラマハ」「ラマメハ」と呼び
方も変化するのだとか。。。

そうなると自分は「ラマハメ」か?などと思ったりもして…(^^;
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by stavgogin | 2009-10-11 19:41 | よもつ文

じっと手を見る…。

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はたらけど

はたらけど

猶わが生活楽にならざり

ぢつと手を見る

石川啄木の「一握の砂」より

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いや…そんなに働いて無いのだが、いろいろあると何故か手を見
てしまう。画像は左手なのだが、いつも目が行ってしまうのは、
左手首だ…。

全長6センチの手首の傷は、自分が中学校の時代に傷付けたもの
だった。普通、自殺であれば、手首を横に切るものだが、何故か
縦傷。これは中学時代の遠足で”助け鬼”という遊びをしている
最中に、ゴミ捨て場に転倒し、そこにあったビール瓶でザックリ
手首を切ったものだ。その切った時というのは、かなりショック
で、今まで経験した事無いほどに、ドクドクと血が流れ出してき
たものだった。

昔”天中殺”という言葉が流行ったけれど、まさにその年は天中
殺で、屋上からロープで降りている最中、窓ガラスをけ破った時
に、ザックリと足首を切り。また左の掌を切り、左指を切って、
それぞれ縫っていた。なんと1年間に4か所も切って縫合したと
いう、まさしく自分にとっての天中殺の年だった。

実は、代々?佐々木家では、右足を怪我するという血統?で、何
故か自分を抜かした家族全員が右足を負傷するという事件が相次
いでいた。自分の姉などは火傷で、右足に消える事のないケロイ
ドを残している。しかし何故か自分だけは、右足を怪我する事は
無かった。それは何故か…親曰く「お前だけ洗礼を受けてない。」
何故か、我が佐々木家では洗礼を受けてクリスチャンネームを持
っているのだが、自分だけはそれが無かった。それが原因という
わけではないだろうが、何故か右足の怪我だけは無かったのだが、
まさに天中殺の年に、左ばかりを怪我する自分がいた…。

ところで言いたいのは…1年に4か所の怪我をして、全て縫合し
ているのだけど、共通するのは全て3針。この手首の傷が一番長
くて6センチなのだが、他はもっと短くても3針。しかし、2セ
ンチに11針の合計3針って…手抜きじゃないのか?おかげですっ
かり、傷痕が残ってるぞ(ーー:)
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by stavgogin | 2009-10-01 08:02 | よもつ文